SSブログ

地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第84回) [ミステリー]

「で、どうします? このまま進みますか?」

「行くしかないだろうな。 さっき、香取さんが言ってた道順で、野宮神社まで行くしかないよ。 さあ、行こう」

 佑太と杏子は再び小路を歩き出したが、十メートル程先からは赤いもやでかすんで見えず、妖気が感じられた。

 二人は用心深く進んでいく。 しばらくすると、もやの中に二つ赤く光るものが見え、二人は足を止めた。

「あれは?」

 傘をつかんでいた佑太の右手の握りが強くなった。 殺気を感じたのである。 佑太が身構えて赤く光るものを凝視すると、呼応するように赤い光も強まる。 それは、何度か繰り返され、睨み合いが続いた。 しかし、最後は行く手を阻むのを諦めたかのように、赤い光は、もやの中に消えていった。

「あの二つの赤い光、何だったのでしょうか?」

 光が消えると、杏子が口を開いた。

「何かの眼かな。 僕ら、また、異空間に入り込んだんじゃないかな」

「また、水晶玉のせいでしょうか?」

「いや、水晶玉は熱くはなってないし、光りも放っていないよ。 これは、きっと、地脈の乱れと関係しているよ」

「……とすると、何かの怨霊ですか? 石田三成様とか……」

「あの方の霊は、春屋和尚が鎮めてくれたんだから、たぶん、別な怨霊だろう。 とにかく、先へ進もう」

 佑太と杏子は先を急いだ。

 十数分程登ると、小路は二手に分かれていた。 佑太は、香取の言葉を思い出して右手に折れた。 しばらく路なりに歩き、橋を渡るとトロッコ列車の駅前に出た。 そこにも、人の姿は見えない。

〈ここから下れば、野宮神社は、十数分だったな……〉

 佑太たちは、そのまま急ぎ足で駅舎の横を通り過ぎようとした。 その時、ゴトリと列車の止まる音がした。

 二人が足を止めると、駅の中から数人の男女の声が聞こえてきた。

「人の声がするね。 だとすると、元の世界に戻ったのかな?」

「でも、さっきから、あのもやは、かかったままですけど……」

 二人が言葉を交わしていると、後ろから声がする。

「おい、待て!」

 ふり返ると四人の男女が立っていた。 四人とも眼は真っ赤で、顔には血の気がなく表情もない。

〈この人たちは……被害者の四人じゃないか……とすると……〉

 四人のうちの三人は佑太が地縛記憶で見た、福本洋平、山下昇、野垣良子だった。 そして、残りのひとりは高校生くらいの若い女である。 佑太は、それが沢口絵里香だと直感した。

「何か、僕らに御用ですか?」

 佑太は訊いた。

「別に……あんたがたに、消えてもらうだけだ」

 赤い眼をぎらつかせて山下昇が、木刀を手にじりじりと近づいてくる。 佑太は肩の力を抜き、息を整えると、傘の柄を持つ右手の握りをゆるめた。
                                     
   続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-11-08-1


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:

地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第83回) [ミステリー]

 駐車場を出て参道をしばらく歩くと、庭園受付がある。 三人は、そこで受付を済ますと、中へ入った。

 大方丈を右手に見ながら進むと、目の前に池が見える。

「あれが、曹源池ですか?」

 佑太が訊いた。

「ええ、そうです。 夢窓国師がつくられた庭園で、国の史跡として特別名勝第一号に指定されていますし、平成六年には世界文化遺産にも登録されているんですよ」

 香取の説明は要領を得ていた。 彼女は、庭園だけでなく、境内の建物についても懇切丁寧に解説していく。 書院を右手に見ながら池のほとりを半周程めぐると、道は雑木が茂る林の中の坂道へとつながる。 三人は、道中の風景を楽しみ語らいながら、坂道を上り切り、天竜寺の高見にある北門をくぐった。

 北門を抜けたところで左手を見ると、竹林の中を小路が小高い山に向かって伸びている。 小路は、小柴垣のせいで幾分狭く見え、登るものと下るものが窮屈げに交錯している。 佑太が小路の先に見える山の頂きに眼をやると、雨雲がかかっている。

〈まもなく雨だな……野宮神社に着くまで、もつかな?〉

「ここを登って突きあたりで右手に折れて路なりに行けばトロッコ列車の駅の上に出ます。 そこから下れば、十数分で野宮神社に着くことになります。 雨が降り出しそうですから、急ぎましょうか」

 横から、香取が言った。

「そうですね、急いだ方がいいでしょう」

 佑太はそう言うと、雨雲のかかる山頂に向かって足を踏み出していた。

 小路は、すぐに登り勾配になり、左右は背の高い小柴の垣根と竹林だけになる。 そのせいか、佑太は、まるで、大きな駕籠の中を歩いているような錯覚を覚えた。

 突然、速足で歩く佑太の腕を誰かがつかんだ。 見ると杏子である。 その表情が硬い。

「佑太さん、なんか変ですよ」

「変? 何が変なんだ」

「ほらっ、見て、回りを。 香取さんも、さっきまですれ違ってた人たちも、みんな消えてしまってるじゃないですか。 それに雲の色も、なんだか赤黒くなって、あんな色の雲って、見たことないです」

 杏子の言葉に、佑太は辺りに目をやった。 すると、山頂にかかっていた雨雲は赤黒い色に染まり、それが今は竹林の上まで垂れこめている。 よく見ると、竹林の中にも赤色を帯びたもやがたなびき、小柴垣を越えて、小路にまで流れ込み、おどろおどろしい風景である。 そして、そこにいるのは、佑太と杏子だけである。

「あの赤黒い雲の色、もやの色、確かに不気味だね。 これは、あのときの……」

 佑太は、六条河原の地縛記憶で見た赤黒いもやのようなものを思い出していた。
                                                     
   続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-11-07-1

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第82回) [ミステリー]

 杏子は、夢窓疎石の手によるといわれる庭のことは、とうに知っていた。 

 無窓国師は、臨済宗の僧で、後醍醐天皇とも足利氏とも縁があり、天竜寺の他に苔寺など多くの名のある庭園の設計をてがけたことで知られている人物である。 杏子は、天竜寺や無窓国師について書かれた文書を実家の書庫で時間をかけて読んだことがあり、女刑事が語ったことも、実は熟知していたのである。

「はい、そうです。 大方丈(だいほうじょう)の前庭がその庭です。 曹源(そうげん)池(いけ)を中心とした立派な庭園です。 でも、よくご存じですね」

「いえ、少しだけなんですよ」

 杏子は、女刑事に気を遣った。

「へえー、そんな有名な庭があるのなら、ぜひ、天竜寺の中を通ってみようか?」

 佑太は言った。

「そうね、そうしましょう」

「では、天竜寺経由で、決まりですね。 それでは、天竜寺の駐車場に車止めることに致します」

 目的地が決まり、車は右京区嵯峨にある天竜寺をめざして西へ走って行った。

 佑太たちを乗せた車はそれから数十分程で、観光客があふれる天竜寺前の道路に入り、まもなく境内の駐車場へと入った。 車を止めると、女刑事はすぐに運転席から降り、すばやく車を半周するや後部座席のドアを開けた。

 佑太の前に立つ女刑事は、小柄だが眼つき鋭く精悍な顔をしている。

「着きましたが、私がご案内しますので」

「えっ、案内までしていただけるんですか?」

 車を降りた佑太は、若い女刑事に訊いた。

「はい、課長からそう言われてますから。 あっ、そうだ、すっかり、忘れてしまって。申し遅れました、私、府警本部刑事部捜査一課で巡査部長をしています、香取洋子と申すものです。 お供を仰せつかっていますので、宜しくお願い致します」

 女刑事はそう言うと、頭を下げた。

「香取さんは、京都訛りが無いですね」

 佑太が訊く。

「はい、私は生まれが九州ですから……高校までは福岡に住んでいました。 京都に憧れていまして、大学からこちらです、大学は洛南大学です。 叔母が京都にいるので両親も許してくれまして、就職もこちらになりました」

「そうでしたか、生まれは福岡だったんですか……でも、京都のお寺には詳しそうですね」

「はい、私が京都に憧れたのは、京都にある寺院仏閣が好きだったからです。 大学時代から時間があれば回ってましたから、京都のお寺はほぼ制覇しています。 今日、安藤先生ご夫妻の御案内をするように課長から命じられたのも、そのためだと思います」

 香取は答えた。

「じゃあ、せっかくだから、杏子、天竜寺の案内は香取さんにお願いしようか」

「そうね。香取さん、ぜひお願いします」

 杏子も異は唱えなかった。
                                     
  続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-11-06-1

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第81回) [ミステリー]

「そやけど、まあ、実行犯だけでも、はっきりして、そのうち二人は逮捕でけたんやから、まずまずや。 残りの二人は死んでしもうたんやから、こりゃ、しかたないわな。 どうやら、わてらの勘は、はずれたようですけどな。 まっ、マスターの件は、ぼちぼち調べていくしかないわな、なあ毛利。 でも、安藤先生のおかげで、ずいぶんと助かりましたわ、ほんまありがとさんどす。 ところで、先生、ここ出たあとは、どうしやはりますのや?」

 桜井は訊いた。

「ええ、これから嵯峨野へ、行ってみようかと思ってます」

 佑太は答えた。

「嵯峨野でっか、そら、ええでんな。 あこは観光客には、ほんま人気ありますさかい。 そや、毛利、うちの車、手配しい。 それで嵯峨野まで誰かに送らせい。 それと、傘もや、午後から雨や言うとったからな、予報では」

「わかりました。 では、先生、今、車用意しますので、しばらくお待ちください、傘も用意させますから」

 毛利はそう言ったが、彼が連絡を入れると、車はすでに玄関前で待っていた。 佑太たちが受付で取次を頼んだ署の人間が一昨日と同じで、今回も車の手配が必要なのだと考え、気を利かせていたのである。

 佑太と杏子が乗り込むと、車はすぐに嵯峨野へ向けて走り出した。

 「先生、どちらから野宮神社には行かれますか?」

 運転席から若い女刑事が訊いた。

「どちらからと言われても……いくつか、行く道があるんですか?」

 佑太は、女刑事に訊き返した。

「いえ、いくつもというわけではないですが、天竜寺を迂回して行く道と、天竜寺の中を通り抜けて行く道がありますが……」

「天竜寺? 天竜寺って、有名なお寺ですよね」

 佑太は訊いた。

「ええ、天竜寺は、臨済宗は天竜寺派の大本山で、正式な名前は、霊亀山天竜資聖禅寺といいます。 京都五山の中でも第一位のお寺で、寺格、最高ですから、それは有名です。 天竜寺は、元々は、足利幕府の初代将軍足利尊氏が、後醍醐天皇の菩提を弔うために始めたお寺なんです」

 運転席の女刑事は、天竜寺について解説を加えた。

「へえ、足利尊氏といえば……後醍醐天皇に反旗をひるがえした人ですよね。 後醍醐天皇から見たら、かたきじゃないですか。 そんな方が、何故、そんなお寺をつくられたのですか?」

 佑太が疑問を投げかけた。

「それは、禅僧、夢(む)窓(そう)国師(こくし)、または夢窓疎(そ)石(せき)とも言われますが、その方の強い勧めで建てられたと言われています」

「夢窓国師と言えば、あの有名な庭をつくられた方ですね」

 杏子が口をはさんだ。
                                             
   続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-11-01-1


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第80回) [ミステリー]

「結果は、どうでしたか?」

 佑太が訊くと、

「毛利、もったいぶらんと、はよ教えて上げんかい」

 桜井が横から助け船を出した。

「はい、わかりました。 実は、先生の勘、ズバリ、当たってました。 まず、吉本敦子の家、つまり、呉服問屋吉本商店は石田三成とは関係、おお有りでした。 吉本の御先祖というのが、石田三成の側近で、石田冶部から拝領した刀、茶器などの逸品が、吉本の家には、かなりの数、あったそうで、代々、家宝として大事に受け継がれとったそうです。
 ところが、敦子の父の代での倒産騒ぎで、その家宝は全部差し押さえにあって、今は何も残っとらんということです。 競売にかけられてどこかの金持ちが手に入れたと言うことになってますが……その金持ちというのが、どうも福本一郎氏ではないかと、言われているのですよ」

「ということは……おねの子孫と言われる福本一郎が、石田側近の子孫の財産を身ぐるみ剥ぎ取った、そういうことですね」

 佑太は言った。

「まあ、悪く言えば……そういうことになりますかね。 ……それと、もうひとつ、面白いことがわかりました」

「面白いこと?」

「はい、面白いというのは、高木洋介の家の方です」

「高木洋介の家のことも、わかったのですね」

「ええ、高木洋介の先祖は……吉本の御先祖の、家来筋に当たります」

 毛利は言った。 話を前もって聞いていたのか、横で桜井が軽く頷いた。

「高木洋介のご先祖は、吉本家の御先祖の家来ですか?」

 佑太は訊いた。

「ええ、そういうことになります。 なんでも、関ヶ原のあと、その主従関係にあった御先祖同志が助け合って、ほうぼう逃げ回ったらしいのです。 そして、最後は、九州の南の果て、薩摩に落ちのびて、そこで肩寄せ合って暮らしとったそうなんですが、幕末近くになって、どさくさに紛れて子孫の一部が京都へ舞い戻って、呉服問屋を起こした、ということらしいです。 
 それと、実は、敦子の父親の旧性が高木でして、元をたどれば、敦子の父親も高木家の子孫で、高木洋介とは遠い親戚に当たる、そういうことです。 
 ああ、それから、殺された山下昇と野垣良子、こっちの方は、調べた範囲では、石田家やおねの実家木下家と関係あるのかないのか、全くわかりませんでした。 というわけで、山下昇と野垣良子以外は、関ヶ原における敵同士の因縁のある関係だということになります」

「そうですか。 いや、貴重な情報です。 有難うございました。 あとは……マスターだけですね、正体も、素性も皆目見当がつかないのは」

「そういうことです。 ミスターかミスか、ミセスなのかわかりませんが、謎の人物Xの、まんまです」

 毛利はため息をついた。
                                          
  続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-10-31-1

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:

地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第79回) [ミステリー]

「では、私からお話します。 昨夕の取り調べですが、高木洋介は、素直に色々しゃべってくれました。 高木は、まず、福本洋平殺し、山下昇と野垣良子殺し、すべてを認めました。 ただ、高木は、すべてマスターの指示で動いたと言ってます。 やらなければ、自分がやられるから、やったと、そう言ってます。
 それから、これは吉本敦子も言ってたことですが、福本洋平殺しの指令とともに、細かい指示もマスターからメールで送られてきたとのことです。
 で、沢口絵里香殺しは、マスターから山下昇に司令が下りてたらしくて、それは高木への指令とつながるもので、両者が共同で、行ったようです。 福本洋平を転落させたとき、橋の下に山下がいたのは、もし福本が死なんかったときには、下でとどめを刺すためだったとのことです。
 野垣良子に関しては、マスターとの関係は直接はなく、内縁の妻として山下昇に協力したんじゃないかということでした」

「つまり、野垣良子と吉本敦子の女性二人は、マスターとは直接の関係はなく、それぞれが山下と高木の協力者だった、ということですね?」

 佑太が訊いた。

「そういうことに……なりますね」

 毛利はゆっくりと考えながら答えた。

「で、やはり、山下昇殺害も、マスターの指令ということですか?」

「その通りです。 吉本敦子の供述にあったように、山下は福本のポケットから金を抜き取ったのが命取りになった。 どうも、それはルール違反だったらしいのです。 殺人の指令を出しておいて、指令を受けたものが役目を果たしても、盗みを働いたら、そいつに死のペナルティですから。マスターの頭の中は、いったい、どうなってんでしょうかね? マスターというのは、一種のサイコパスなんですかね?」

「サイコパス? 反社会的な異常性格者、つまり、精神病質者ということですね。 確かに、支配欲が強く、自分の価値観から外れるのを極端にきらう……偏執的なところがみられますから、その可能性もあるかもしれませんね」

 佑太は答えた。

「安藤先生は、何か気になることがあるのですね?」

「ええ、ちょっと……」

 佑太は言い淀んだ。

「そうか。 あれですね、石田三成との関係ですね」

 毛利は笑いながら言った。

「ええ、そうですが……毛利さん、事件の関係者と石田三成の関係、わかったんですね」

 佑太は言った。

「ええ、調べはついてますよ」

 毛利は、焦らすような言い方をした。
                                      
   続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-10-30-1

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:

地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第78回) [ミステリー]

「そら、おすえ。 あこの苔は、絨毯苔言うて、ほんわかと生えてて、ほんまきれいどす。 あの神社の名物になっとる程どす。 お客はん、それお訊きになりたかったんどすな。 京の苔の御贔屓になっていただきまして、ほんまおおきに」

 女将はそう言うと、佑太に酒をすすめた。

「佑太君、君、庭や斎王に興味があったの?」

 義兄が訊いた。

「えっ、ええちょっと京都に来てから、興味がわきまして……」

 佑太は少し言葉に詰まった。

「お兄様、庭のことも斎王のことも、私が吹きこんだんです。 最近、私、執筆のネタを探しているんですの。それで佑太さんも協力してくれてるんですよ」

 杏子が援軍を出した。

「おいおい、お前、ご主人様を、自分の取材に協力させてるのか? すごい女房殿だな、お前って奴は。 佑太君、最初が肝心だよ。 ビシッと抑えなければ、つけ上がるからね、杏子は男勝りのところがあるから。 なにしろ、小さいころはおてんばで、お茶、生け花より、薙刀、小太刀だの武芸の方に夢中だったんだから」

「貴方っ」

 妻の紀子が夫の膝を軽く叩くと、三四郎は静かになった。

「あらっ、お兄様こそ、ビシッとおっしゃられているじゃないですか」

 反撃の機をうかがっていた杏子が、笑いをこらえながら言った。 座敷に笑いが広がると、いつのまにか、苔の話は話題から消え去ってしまったが、佑太の頭には、野宮神社の絨毯苔のことがしっかりと刻まれていた。

 翌朝、佑太のケータイに毛利からのメールが入っていた。 メールには『昨日の取り調べから色々と新事実が分かり、ご依頼の件にもお答えできる情報も入手いたしました。 お時間のある時に府警本部までお出ましいただければ幸いです』 とある。 この日佑太は嵯峨野の野宮神社に行くことを予定していたが、急遽その前に府警本部に寄ることにした。

 佑太と杏子が、府警本部の玄関わきの受付で毛利に取り次ぎを依頼すると、話が通じていたのか、二人はすぐに桜井課長室に通された。部屋には、桜井と毛利が待っていた。

「お早うございます。 朝早くから毛利が連絡を入れていたようでほんま申し訳ないことで。 ですが、こんなに早くお見えになるとは思いませんでしたよ。 ほな、早速ですが、そちらへお座りください」

 桜井は自分の向かいのソファーを指して言った。 佑太たち二人が座ると、桜井が毛利に目配せした。
                                                   
  続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-10-29-1

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:

地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第77回) [ミステリー]

「その伊勢神宮でお祭りされてた斎王が誕生する場所と言ったら……どこが頭に浮かびますか?」

「ああ、そら、内裏どす。 なんせ、斎王いうたら、元々内親王はんか女王はんですさかいな」

「内裏でないとしたら……どこか、他に、思い当たるとこありますか?」

「ちょっと待っておくれやす。 ええ、そやなあ、内裏やなかったら……そうそう、嵯峨野にある野宮(ののみや)神社、ですやろな。 確か、斎王として伊勢に御奉仕に向かわはる前に、一年くらい野宮神社に籠って身い清める、つまり、潔斎(けっさい)されはったと聞いてます」

「嵯峨野の野宮神社、ですか?」

「ええ、そうどす。 あこは源氏物語にも出てくるのどすえ。 確か、『賢(さか)木(き)の巻』やったと思いますけど、六条の御息所(みやすんどころ)が住まわはる野宮神社に、光源氏が会いに行かはる場面が出てきますのや。 そら、ええ場面どすえ」

「源氏物語の賢木の巻、六条御息所? すみません、僕は、古典文学にはうとくて……」

「あらまあ、知ったかぶりして、ぺらぺらとしゃべってしもうて、勘忍しておくれやす」

 女将は、申し訳なさそうな顔をした。

「あらっ、いいのですよ。 主人はがちがちの理科系ですから、文学には弱いのです。 貴方、六条御息所は、光源氏の最初のころの恋人で、源氏よりも年上なのですよ。 そして、最後は、源氏と添い遂げられないと悟って、伊勢の斎王となるご自分の娘さんについて伊勢に行くことにお決めになるのです。 それで、野宮神社にお住まいになっていたって、ことなのです」

「へえ、杏子、知ってたんだ」

 佑太は言った。

「ええ、少しですけどね。 私、あまり、光源氏好きじゃありませんから、読んではないのですよ。 ほんの少し、かじっただけで」

「奥様は、お顔も御姿も、ほんまおきれいで、頭の中には知識がぎょうさんつまっとうて。 ご主人様、こんなお方がおられて、光源氏みたいなことしはったら、ばちあたりますえ。 そやけど、ご主人様も素敵な殿方で、光源氏顔負けの、男前や、あらしまへんか、奥様」

女将がそう言って杏子の顔を見ると、

「ええ、そう思っています」

 杏子はさらりと言った。

「あらまあ、そこまではっきりと、言わはりますのか。 もう、ご馳走さんどす、ほんまに。 そやけど、ほんま、お二人、お似合いどすえ」

 女将が言うと、三四郎と紀子は顔を見合わせて頷き合ったが、ひとり杏子は顔を赤くしていた。

「それで、その野宮神社のどこかに、清き緑、いえ、きれいな苔庭がありませんか?」

 佑太の問いに、女将は真顔になった。
                                               
  続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-10-28-1

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:

地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第76回) [ミステリー]

 仲居の案内で、四人が入り口のホールの奥の木戸をくぐると、目の前に、また別な世界が待ち受けていた。
 打ち水に濡れた庭苔が庭の灯りをきらきらとはね返す。その中に無造作に埋め込まれた踏み石の連なりが、客に道筋を示すかのようにくねりながら、雑木の林の中へと続く。

「どうぞ、こちらへ」

 仲居は、四人を庭の奥へと誘った。 雑木の林の中に小さな建物が見える。

〈あれか、行き先は……東屋みたいだが、茶室か?〉

 佑太の予想は当たっていた。 仲居は、東屋のにじり口の前で足を止める。 にじり口の向こうには灯りがともり、茶席が設けられている。

「さあ、こちらから、どうぞ」

 仲居の言葉で、四人は一人ずつ、背をかがめながら、中へと入った。

 この料亭のもてなしはすでに出迎えから始まっていた。 お出迎え、玄関までの丁寧に湿りを入れた石畳、暖簾、ホールのばんこでの寛ぎ、木戸を抜けて打ち水で光る苔庭の鑑賞、そしてこの茶室でわびさびの味わい、いずれもおもてなしの心がはぐくむものである。

 四人は茶席用の小さな和菓子と苦味の中にまろやかさのある抹茶で一服すると、再び、苔庭を、最初のホールへと戻り、そこから、改めて、京懐石がふるまわれる本座敷へと通された。

 座敷の縁先では、高野川のせせらぎが音を響かせ、座敷から漏れ出る灯りが川面を照らし、流れの速さを浮き立たせていた。

 座敷には、冒頭から舞子が姿を見せ、三味線が奏でる曲に合わせ、あでやかに、ゆるりと舞った。 それを見ながら、四人の間では話がはずんだが、舞いが終ると、佑太は、中庭で繊細な光りを放っていた苔のことを、ふと思い出して話題を変えた。

「京都の庭には、芝よりも、やはり、苔がよく似合ってますね」

「そうどす、苔が一番どす。 雨上がりの苔庭は、最高おす。 昨日から今朝までのお湿りで、うちの庭の苔も、生き生きしとりましたやろ。 雨の日なんか、そらきれいおすえ。 そぼふる雨に濡れる苔見てると、見てるうちらの心が洗われて、なんや清らかーになった、気いしますさかいな」

 酌をしていた女将が佑太に答えて言った。

「苔で心が清らかに、ですか? 清き緑……清き緑……清き緑と言ったら、京都の場合、それは……苔……そうだ、女将、斎王って言葉、ご存知ですよね」

 佑太は訊いた。

「えっ、そら、知っとりますえ。 昔、未婚の内裏の女性、天皇はんの娘はんか孫娘はん、つまり、内親王か女王といわれる方の中から選ばれて、天皇はんの代理の巫女(みこ)として、お祭しはった方どすな。 そこの賀茂神社でお祭りしとらはったんが、賀茂神社の斎王はんですさかい。 京のもんなら、たいていは、知っとることどす」

「その斎王と言われた方は、伊勢神宮にもおられたんですよね?」

「ええ、そうどす。 斎王はんが居はったんは、賀茂神社はんと、お伊勢はんどす」

 女将は怪訝な顔で答えた。
                                        
  続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-10-27-1


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:

地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第75回) [ミステリー]

 杏子は六人兄妹の末っ子で、彼女には三人の兄と二人の姉がいる。 三人の兄は、一番上が勘一朗、二番目が藤次郎、そして三番目の兄が三四郎という。

 三四郎は京都キャピタルホテルの役員で、安田財閥の代表として経営に参画していた。

「あらっ、三四郎兄さんから夕餉のお誘いだわ……貴方、どうしましょうか?」

「どうするって、場所と時間は、どうなってんの?」

「お店は、下賀茂亭で、時間は今日の六時半ですけど」

「下賀茂亭……ああ、あの有名な高級料亭の。 さて、どうしようか。 贅沢なのは……ほんとは、苦手なんだけどな。 だけど、義兄さんからのお誘いじゃ、断れないね。 それに、目的の場所は、ここじゃあ、なさそうだし……今日は、もう切り上げて……ご馳走になることにするか」

「はい、わかりました。 それじゃあ、お誘い、お受けしますって、連絡しますから」

 杏子は、すぐに、返信のメールを送った。


 料亭の車寄せに佑太たちを乗せたタクシーが着くと、待っていたかのように仲居が姿を見せた。 佑太と杏子は、苔と熊笹で彩られる雑木の庭を眺めながら、打ち水でしっとりとなった石畳を渡る。 麻地の暖簾をくぐると、上品な香のにおいに鼻をくすぐられた。 二人が、仲居に促され、壁際のバンコに敷かれた座布団の上に腰を下ろすと、ガラス越しに、庭灯に緑が映える中庭が見える。

〈ちょっと、早かったかな〉

 佑太は、そう思って、隣に座る杏子の顔を見た。 すると、

「すぐにまいりますよ。 兄は、約束の十五分前には、必ず来ますから」

 杏子は、佑太の思いを見透かしたかのように言った。

 杏子の予想は当たっていた。 彼女の言葉が終るやいなや、暖簾の向こうに、義兄夫婦の姿が見えたのである。

「君ら、早かったんだね。 まだ、六時十五分じゃないか。 君らの顔が見えたので、私が遅刻したのかと、ちょっと、あせったよ」

 義兄は笑いながら言った。 義兄は四十に乗ったばかりの働き盛りで、血色のよい顔をしている。 背丈は佑太より少し小さいが、がっちりとした体躯である。 父親に似た鋭い眼差しをしているが、笑うと柔和な顔に変わる。 妻の紀子は四十少し前で、色白の京美人である。

「今夜は、お招きいただきまして有難うございます」

 佑太は、ばんこから立ち上がると、礼を述べた。

「いやいや、何度か、一緒に食事はしてるけど、いつも親父が仕切ってしまうからね。 こんなときくらい、私に主導権を持たしてもらわないとね」

 義兄は嬉しそうに言う。 四人はそれぞれに挨拶を交わしたが、一区切りつくと、傍から仲居が茶席への案内を告げた。
                                      
  続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-10-26-1


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。