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地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第76回) [ミステリー]

 仲居の案内で、四人が入り口のホールの奥の木戸をくぐると、目の前に、また別な世界が待ち受けていた。
 打ち水に濡れた庭苔が庭の灯りをきらきらとはね返す。その中に無造作に埋め込まれた踏み石の連なりが、客に道筋を示すかのようにくねりながら、雑木の林の中へと続く。

「どうぞ、こちらへ」

 仲居は、四人を庭の奥へと誘った。 雑木の林の中に小さな建物が見える。

〈あれか、行き先は……東屋みたいだが、茶室か?〉

 佑太の予想は当たっていた。 仲居は、東屋のにじり口の前で足を止める。 にじり口の向こうには灯りがともり、茶席が設けられている。

「さあ、こちらから、どうぞ」

 仲居の言葉で、四人は一人ずつ、背をかがめながら、中へと入った。

 この料亭のもてなしはすでに出迎えから始まっていた。 お出迎え、玄関までの丁寧に湿りを入れた石畳、暖簾、ホールのばんこでの寛ぎ、木戸を抜けて打ち水で光る苔庭の鑑賞、そしてこの茶室でわびさびの味わい、いずれもおもてなしの心がはぐくむものである。

 四人は茶席用の小さな和菓子と苦味の中にまろやかさのある抹茶で一服すると、再び、苔庭を、最初のホールへと戻り、そこから、改めて、京懐石がふるまわれる本座敷へと通された。

 座敷の縁先では、高野川のせせらぎが音を響かせ、座敷から漏れ出る灯りが川面を照らし、流れの速さを浮き立たせていた。

 座敷には、冒頭から舞子が姿を見せ、三味線が奏でる曲に合わせ、あでやかに、ゆるりと舞った。 それを見ながら、四人の間では話がはずんだが、舞いが終ると、佑太は、中庭で繊細な光りを放っていた苔のことを、ふと思い出して話題を変えた。

「京都の庭には、芝よりも、やはり、苔がよく似合ってますね」

「そうどす、苔が一番どす。 雨上がりの苔庭は、最高おす。 昨日から今朝までのお湿りで、うちの庭の苔も、生き生きしとりましたやろ。 雨の日なんか、そらきれいおすえ。 そぼふる雨に濡れる苔見てると、見てるうちらの心が洗われて、なんや清らかーになった、気いしますさかいな」

 酌をしていた女将が佑太に答えて言った。

「苔で心が清らかに、ですか? 清き緑……清き緑……清き緑と言ったら、京都の場合、それは……苔……そうだ、女将、斎王って言葉、ご存知ですよね」

 佑太は訊いた。

「えっ、そら、知っとりますえ。 昔、未婚の内裏の女性、天皇はんの娘はんか孫娘はん、つまり、内親王か女王といわれる方の中から選ばれて、天皇はんの代理の巫女(みこ)として、お祭しはった方どすな。 そこの賀茂神社でお祭りしとらはったんが、賀茂神社の斎王はんですさかい。 京のもんなら、たいていは、知っとることどす」

「その斎王と言われた方は、伊勢神宮にもおられたんですよね?」

「ええ、そうどす。 斎王はんが居はったんは、賀茂神社はんと、お伊勢はんどす」

 女将は怪訝な顔で答えた。
                                        
  続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-10-27-1


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