地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第77回) [ミステリー]
「その伊勢神宮でお祭りされてた斎王が誕生する場所と言ったら……どこが頭に浮かびますか?」
「ああ、そら、内裏どす。 なんせ、斎王いうたら、元々内親王はんか女王はんですさかいな」
「内裏でないとしたら……どこか、他に、思い当たるとこありますか?」
「ちょっと待っておくれやす。 ええ、そやなあ、内裏やなかったら……そうそう、嵯峨野にある野宮(ののみや)神社、ですやろな。 確か、斎王として伊勢に御奉仕に向かわはる前に、一年くらい野宮神社に籠って身い清める、つまり、潔斎(けっさい)されはったと聞いてます」
「嵯峨野の野宮神社、ですか?」
「ええ、そうどす。 あこは源氏物語にも出てくるのどすえ。 確か、『賢(さか)木(き)の巻』やったと思いますけど、六条の御息所(みやすんどころ)が住まわはる野宮神社に、光源氏が会いに行かはる場面が出てきますのや。 そら、ええ場面どすえ」
「源氏物語の賢木の巻、六条御息所? すみません、僕は、古典文学にはうとくて……」
「あらまあ、知ったかぶりして、ぺらぺらとしゃべってしもうて、勘忍しておくれやす」
女将は、申し訳なさそうな顔をした。
「あらっ、いいのですよ。 主人はがちがちの理科系ですから、文学には弱いのです。 貴方、六条御息所は、光源氏の最初のころの恋人で、源氏よりも年上なのですよ。 そして、最後は、源氏と添い遂げられないと悟って、伊勢の斎王となるご自分の娘さんについて伊勢に行くことにお決めになるのです。 それで、野宮神社にお住まいになっていたって、ことなのです」
「へえ、杏子、知ってたんだ」
佑太は言った。
「ええ、少しですけどね。 私、あまり、光源氏好きじゃありませんから、読んではないのですよ。 ほんの少し、かじっただけで」
「奥様は、お顔も御姿も、ほんまおきれいで、頭の中には知識がぎょうさんつまっとうて。 ご主人様、こんなお方がおられて、光源氏みたいなことしはったら、ばちあたりますえ。 そやけど、ご主人様も素敵な殿方で、光源氏顔負けの、男前や、あらしまへんか、奥様」
女将がそう言って杏子の顔を見ると、
「ええ、そう思っています」
杏子はさらりと言った。
「あらまあ、そこまではっきりと、言わはりますのか。 もう、ご馳走さんどす、ほんまに。 そやけど、ほんま、お二人、お似合いどすえ」
女将が言うと、三四郎と紀子は顔を見合わせて頷き合ったが、ひとり杏子は顔を赤くしていた。
「それで、その野宮神社のどこかに、清き緑、いえ、きれいな苔庭がありませんか?」
佑太の問いに、女将は真顔になった。
続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-10-28-1
「ああ、そら、内裏どす。 なんせ、斎王いうたら、元々内親王はんか女王はんですさかいな」
「内裏でないとしたら……どこか、他に、思い当たるとこありますか?」
「ちょっと待っておくれやす。 ええ、そやなあ、内裏やなかったら……そうそう、嵯峨野にある野宮(ののみや)神社、ですやろな。 確か、斎王として伊勢に御奉仕に向かわはる前に、一年くらい野宮神社に籠って身い清める、つまり、潔斎(けっさい)されはったと聞いてます」
「嵯峨野の野宮神社、ですか?」
「ええ、そうどす。 あこは源氏物語にも出てくるのどすえ。 確か、『賢(さか)木(き)の巻』やったと思いますけど、六条の御息所(みやすんどころ)が住まわはる野宮神社に、光源氏が会いに行かはる場面が出てきますのや。 そら、ええ場面どすえ」
「源氏物語の賢木の巻、六条御息所? すみません、僕は、古典文学にはうとくて……」
「あらまあ、知ったかぶりして、ぺらぺらとしゃべってしもうて、勘忍しておくれやす」
女将は、申し訳なさそうな顔をした。
「あらっ、いいのですよ。 主人はがちがちの理科系ですから、文学には弱いのです。 貴方、六条御息所は、光源氏の最初のころの恋人で、源氏よりも年上なのですよ。 そして、最後は、源氏と添い遂げられないと悟って、伊勢の斎王となるご自分の娘さんについて伊勢に行くことにお決めになるのです。 それで、野宮神社にお住まいになっていたって、ことなのです」
「へえ、杏子、知ってたんだ」
佑太は言った。
「ええ、少しですけどね。 私、あまり、光源氏好きじゃありませんから、読んではないのですよ。 ほんの少し、かじっただけで」
「奥様は、お顔も御姿も、ほんまおきれいで、頭の中には知識がぎょうさんつまっとうて。 ご主人様、こんなお方がおられて、光源氏みたいなことしはったら、ばちあたりますえ。 そやけど、ご主人様も素敵な殿方で、光源氏顔負けの、男前や、あらしまへんか、奥様」
女将がそう言って杏子の顔を見ると、
「ええ、そう思っています」
杏子はさらりと言った。
「あらまあ、そこまではっきりと、言わはりますのか。 もう、ご馳走さんどす、ほんまに。 そやけど、ほんま、お二人、お似合いどすえ」
女将が言うと、三四郎と紀子は顔を見合わせて頷き合ったが、ひとり杏子は顔を赤くしていた。
「それで、その野宮神社のどこかに、清き緑、いえ、きれいな苔庭がありませんか?」
佑太の問いに、女将は真顔になった。
続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-10-28-1
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