地縛記憶2: 京都、地脈の乱れ(第70回) [ミステリー]
「 『信』 『智』 『礼』 の三文字……何やら、五常の德が頭に浮かびまするな。 その三文字に応えるのでござるか、拙者が? この治部が?」
「そうでござるよ。 五常の德で、治部殿が本来お持ちのもので、お応えなされ」
「拙者に五常の德など、ありましょうや?」
「何をおおせになる。 お主は、最後の最後まで、太閤様に忠義を尽くされたお方ではないか。 じゃから、お主にはある、備わっておったものが、 お主にふさわしき五常の德の一文字が」
「拙者にふさわしき……それは……『義』、でござるか?」
「そうでござるよ。 お分かりではないか。 治部殿こそ、義に生きた武将でござるよ」
「拙者が……義に生きた武将でござるか?」
「そうでござるよ。 さて、そこの御仁、愚僧は春屋宗園と申す、この三玄院の住職をしておったものじゃが、そこもとの名は何と言われる?」
老師は佑太に訊く。
「私は、安藤佑太というものです。 ここにいるのは、私の妻で杏子と申します」
佑太は答えた。
「ほう、安藤、佑太、といわれるか。 じゃが、このような場に姿を見せられるとは……何かの化身か、はたまた仏の使いか? ん? おおっ、黄金の龍じゃ、龍が見える。 地脈が乱れし時に現れるという黄金の龍がついてござる。 なるほど、なるほどな。 とすれば、どこぞで……ああ、そうか、そうであったか。 都では今、地脈が乱れておるのでござるな。 それで、治部殿も。 わかった、わかった。 治部殿、こりゃ年貢の納め時じゃ、さっさとこの珠に文字を刻みなされ」
老師は懐から黒い水晶玉を取り出すと、視線を三成の首に向けた。 すると、三成の首が戸惑いを見せた。
「文字を刻むと言っても、拙者には手足がござらぬ。 どうやれば文字なぞ……」
「何を言われる。 手なぞでこの珠に 『義』 なる文字は刻めませぬぞ。 魂でござるよ。 魂を刻むのでござる。 さあ、太閤様に仕えし頃を思い出しなされ、秀頼公を思い出しなされ、淀殿を思い出しなされ、それだけでよい、それだけでよいのでござる」
老師が言うと、三成の首はまぶたを閉じた。 すると、閉じたまぶたの間から涙が溢れてくる。 涙はとめどなく流れ、それに促されるように老師の持つ水晶玉に文字が浮き出てきた。
文字は『義』とある。
「さあ、これをお持ちなされ、治部殿が刻まれし 『義』 でござるよ。 そこもとがお持ちの 『信』 『智』 『礼』の三つの文字とあわすれば、五常の德のうち、四つが揃ったことになる。 ただひとつ欠けている文字が『仁』 、それは、五条の德の中でもっとも格の高き德、それが揃わねば都に起きている地脈の乱れは鎮まりますまい。
『仁』 の文字探し、それが、課せられし最後の仕事でござるな、安藤殿の。 おお、心配召されるな、治部殿は愚僧と一緒に、また静かにこの地で眠りまする。 そうでござりますな、治部殿」
老師が言うと、三成の首は静かに縦に振れた。 その顔は、穏やかなものに変わっていた。
「有難うございました」
佑太と杏子は、老師に向かって頭を下げた。
佑太が顔を上げた時、老師の姿はなく、振り向くと三成の首も消えていた。
続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-10-21-1
「そうでござるよ。 五常の德で、治部殿が本来お持ちのもので、お応えなされ」
「拙者に五常の德など、ありましょうや?」
「何をおおせになる。 お主は、最後の最後まで、太閤様に忠義を尽くされたお方ではないか。 じゃから、お主にはある、備わっておったものが、 お主にふさわしき五常の德の一文字が」
「拙者にふさわしき……それは……『義』、でござるか?」
「そうでござるよ。 お分かりではないか。 治部殿こそ、義に生きた武将でござるよ」
「拙者が……義に生きた武将でござるか?」
「そうでござるよ。 さて、そこの御仁、愚僧は春屋宗園と申す、この三玄院の住職をしておったものじゃが、そこもとの名は何と言われる?」
老師は佑太に訊く。
「私は、安藤佑太というものです。 ここにいるのは、私の妻で杏子と申します」
佑太は答えた。
「ほう、安藤、佑太、といわれるか。 じゃが、このような場に姿を見せられるとは……何かの化身か、はたまた仏の使いか? ん? おおっ、黄金の龍じゃ、龍が見える。 地脈が乱れし時に現れるという黄金の龍がついてござる。 なるほど、なるほどな。 とすれば、どこぞで……ああ、そうか、そうであったか。 都では今、地脈が乱れておるのでござるな。 それで、治部殿も。 わかった、わかった。 治部殿、こりゃ年貢の納め時じゃ、さっさとこの珠に文字を刻みなされ」
老師は懐から黒い水晶玉を取り出すと、視線を三成の首に向けた。 すると、三成の首が戸惑いを見せた。
「文字を刻むと言っても、拙者には手足がござらぬ。 どうやれば文字なぞ……」
「何を言われる。 手なぞでこの珠に 『義』 なる文字は刻めませぬぞ。 魂でござるよ。 魂を刻むのでござる。 さあ、太閤様に仕えし頃を思い出しなされ、秀頼公を思い出しなされ、淀殿を思い出しなされ、それだけでよい、それだけでよいのでござる」
老師が言うと、三成の首はまぶたを閉じた。 すると、閉じたまぶたの間から涙が溢れてくる。 涙はとめどなく流れ、それに促されるように老師の持つ水晶玉に文字が浮き出てきた。
文字は『義』とある。
「さあ、これをお持ちなされ、治部殿が刻まれし 『義』 でござるよ。 そこもとがお持ちの 『信』 『智』 『礼』の三つの文字とあわすれば、五常の德のうち、四つが揃ったことになる。 ただひとつ欠けている文字が『仁』 、それは、五条の德の中でもっとも格の高き德、それが揃わねば都に起きている地脈の乱れは鎮まりますまい。
『仁』 の文字探し、それが、課せられし最後の仕事でござるな、安藤殿の。 おお、心配召されるな、治部殿は愚僧と一緒に、また静かにこの地で眠りまする。 そうでござりますな、治部殿」
老師が言うと、三成の首は静かに縦に振れた。 その顔は、穏やかなものに変わっていた。
「有難うございました」
佑太と杏子は、老師に向かって頭を下げた。
佑太が顔を上げた時、老師の姿はなく、振り向くと三成の首も消えていた。
続く ⇒ http://shiratoriksecretroom.blog.so-net.ne.jp/2013-10-21-1
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